兄「お前にも来てるぞ」

妹「ありゃ、あたしにも督促状だ」

兄「いくらだ？」

妹「100万円」

兄「二人合わせて300万円か……大金だな」

兄「……」

妹「……」

兄「こんなもん払ってられるかってんだよな！」

妹「ねーっ！」

兄「こんなもん払う金があったら、ダイエット器具買ってるっつーの」

妹「お兄ちゃん、最近太ってきたもんねえ」

兄「お前だってそうだろ？　こんなもん払ってる余裕ないだろ？」

妹「うん、だってあたし、海外旅行行くためにお金貯めてるんだもん」

兄「よぉーし、こうなったら……」

兄「奨学金踏み倒そうぜ！」

妹「オーッ！」

テレビ『今日は午後から雨が降るでしょう……』ﾖｼｽﾞﾐｯ

兄「お、午後から雨が降るんだってさ」

兄「だったら今のうちに奨学金の運営やってる団体に乗り込んで、そこの理事長に直談判しようぜ！」

兄「奨学金なんかビタ一文返すつもりはないってな！」

妹「お兄ちゃん、かっこいい！　イケメン！」

兄「じゃあ出発だ！」

妹「レッツゴーッ！」

＜奨学金団体のビル＞

兄「――というわけだ」

兄「俺たち兄妹は、ダイエットしたいし海外旅行したいから、あんたらに奨学金を返すつもりは一切ない！」

兄「だから全部チャラにしてくれ！」

妹「あたしからもお願いします！」

理事長「ホホホ、正直な方々だ」

理事長「いいでしょう！　あなたがたの正直さに免じて、奨学金返済はチャラにしてあげましょう！」

兄妹「やったぁ！」

理事長「――なぁんて言うわけねーだろうが！　ボケッ！！！」

兄妹「！？」ﾋﾞｸｯ

理事長「テメェらは散々こっちの話を聞いて、納得した上で奨学金を借りたハズだぞ！？」

理事長「別に俺らがムリヤリ貸し付けたワケじゃねーんだ！」

理事長「なのに、後になって金は返せません、踏み倒します、だァ？」

理事長「テメェらのやってることはな、ドロボーとなんら変わらねーよ！」

理事長「いや被害者ぶってる分、ドロボーよりよっぽどタチわりーぞ！！！」ｶﾞﾝｯ

兄妹（ひいい、メチャクチャ怖い……！）ｶﾞﾀｶﾞﾀ…

理事長「ですが……これで話を終わらせてしまったら、あまりにも無慈悲」

理事長「私とて、お金がない人たちを救済してあげたいという気持ちはあるのですよ」

理事長「やむをえない事情、というのは存在しますからねえ」

理事長「かといって、はい分かりました、とチャラにしてあげることもできません」

理事長「そこでひとつ提案があります！」

理事長「あなたがた、私とギャンブルをしませんか？」

兄「ギャ……ギャンブル！？」

理事長「もし、ギャンブルであなたがたが勝てば……返済はチャラにしてあげます」

理事長「しかし、負けたら……奨学金はもちろん返していただきます」

理事長「いかがです？　この勝負、受けますか？　受けませんか？」

兄「……」

妹「ど、どうするの、お兄ちゃん……？」

兄「俺はギャンブルには自信がある……いいだろう、受けよう！」

理事長「よろしいッ！」

兄「肝心のギャンブルの内容は……？」

理事長「奨学金とは、金銭的に余裕がないが、学校に通いたい学生を救済するための制度です」

理事長「ゆえにギャンブルの内容も、学問に関係するものがよろしいでしょう」

理事長「名づけて……“学問ギャンブル”ッ！」

兄「学問ギャンブル……！」

理事長「さて、ここに伏せたカードが５枚あります」ｽｯｽｯｽｯ

理事長「好きなカードをめくって下さい」

兄「……」ﾍﾟﾗｯ

兄「“国語”って書いてあるな」

理事長「それではこれから、国語に関するギャンブルを始めましょう」

妹「どんなゲームよ！？」

理事長「そうですねえ……」

理事長「あそこに幼女がいます。“あの子が好きな本は何かを当てる”というのはどうでしょう？」

兄「面白いッ！」

幼女「ｷｬｯｷｬｯ」



兄（あの幼女……まだ五歳ぐらいってとこだろうな）

兄（だとするなら、読んでいるのは絵本に限られる……）

兄（ああいう女の子が好きそうな絵本といえば……『ぐりとぐら』なんかがいいんじゃなかろうか）

兄「決まった！　俺は『ぐりとぐら』にするよ」

妹「これは絶妙なチョイス！　お兄ちゃん、ハナから飛ばしてるね！」

理事長「ホホホ、そうきましたか。それでは私は――」

理事長「ドストエフスキーの『罪と罰』にしましょう」

兄（プッ、バカかこいつ！）

兄（どこの世界に『罪と罰』読む五歳児がいるんだよ！）

兄「じゃあ、あの子の好きな絵本を聞いてきてくれ！」

妹「オッケー！」



妹「ねえねえ」

幼女「なーに？」

妹「あなたの好きな絵本はなあに？」

幼女「えーとね……」

幼女「ドストエフスキーの『罪と罰』を愛読しておりますね」

兄妹「なにィィィィィ！？」

兄「おい、ちょっと待て！　おかしいだろ！」

理事長「なにがおかしいんです？」

兄「だ、だって……子供はドストエフスキーなんか読まないだろ！」

理事長「読みますよ」

理事長「なにしろ、その子は私の娘ですから」

兄妹「なんだとォォォォォ！？」

兄「ふざけんな！　こんなもんイカサマじゃないか！」

妹「そうだよ！　ただ自分の娘の好きな本を当てただけじゃん！」

理事長「だったら勝負前に“あの幼女じゃなく他の子にしよう”って指摘すればよかっただけの話だろ？」

兄「う……！」

理事長「ゲームが終わってからあれこれ難癖つけるその姿……」

理事長「金を借りて全部使ってから返せないとわめくさっきのあなたがたにそっくりだ！」

兄「うぐっ……！」

理事長「というわけだ。君たち二人には奨学金をきっちり返済してもらうよ」

兄「うぐぐ……！」

兄「ま、待ってくれ！　もう一度……もう一度チャンスをくれ！」

兄「カードはまだ４枚あるんだ……もう一回学問ギャンブルをやらせてくれ！」

理事長「……いいだろう」

理事長「私も久しぶりに熱くなれたことだしな」

理事長「ただし君はすでに一度負けた身、今度は“参加料”を払ってもらうことになる」

理事長「さあ、今の君にいったい何を払えるのかね？」

兄「……」

兄「500万円払おう」ﾎﾟﾝｯ

妹「さすがお兄ちゃん！」

理事長「ほう……」

兄「不服かな？　不服ならもう500万出すが」

理事長「……いやいいだろう。この金額でかまわない」

理事長「２枚目のカードを選ぶがいい」

兄「……」ﾍﾟﾗｯ

兄「“数学”だ」

妹「やったぁ、お兄ちゃんは天文学的に数字に強い！」

理事長「今度はそちらがゲームやルールを決めてくれてかまわんよ」

兄「よし……」

兄「じゃあこういうゲームをやろう」

兄「二人で交互に数字をいっていく。そして先に“２１”をいってしまった方が負けだ」

理事長「よかろう」

兄「まず……１、２、３」

理事長「４、５、６、７、８、９、１０、１１、１２、１３、１４、１５、１６、１７、１８、１９、２０」

兄「２１……」

兄「あーっ！！！」

兄「し、しまった……！　自分のターンで言っていい数字の数に、制限を設けるのを忘れてた……！」

理事長「これで二勝目、だな」

妹「そんな……！　平成のアインシュタインを自称してるお兄ちゃんが敗れるなんて……！」

兄「た、頼む！　もう一回、もう一回やらせてくれ！」

理事長「かまわんよ。ただし、今度は500万なんていうはした金ではダメだ」

兄「分かっている！　電話を貸してくれ！」

兄「……」ﾌﾟﾙﾙﾙ…

兄「あ、もしもし？」

ビル・ゲイツ『やぁ、マイフレンド』

兄「実は今、300万の奨学金を踏み倒すために大勝負をしているんだけど……」

ビル・ゲイツ『ワオ！　クレイジー！』

兄「頼む！　100億ドルを、奨学金団体の理事長の口座に振り込んでくれ！」

ビル・ゲイツ『オーケイ、分かったよ……他ならぬ君の頼みだ』

兄「ありがとう……俺の親友」

兄「さぁ……これであんたの口座に100億ドルが振り込まれるはずだ」

理事長「……確認した。では３枚目のカードをめくってもらおう」

兄「……“英語”だ」

妹「やった！　お兄ちゃんは英検3級のバイリンガルッ！　勝ちは見えたッ！」

理事長「では問題です」

理事長「これからいう日本語の文章を英訳して下さい」

兄「いいだろうっ……！」

兄（どんなに難しい文章だろうと英訳してみせるッ！）

理事長「“私はこのリンゴが好きです”」

兄「！？」

兄（なんだこりゃ！？　メチャ簡単じゃねえか！）

兄「アイライク、ディス、アッ……」

兄「！！！」ﾊｯ

兄「アッ……アッ……アッ……！」

理事長「ホホ……口が止まってしまいましたね。どうしました？」

兄「アッ……！」

兄「アァァァァーッ！！！」

理事長「残念、不正解。正解は“I like this apple.”だ。これで私の三勝目ですな」

兄（いえるわけがない……ゲイツから金を無心しといて、アップルが好き、だなんて……！）

妹「お兄ちゃんの友情に厚い性格を逆手に取られたか……！」

理事長「さて、どうします？」

理事長「はっきりいって、もうやめてとっとと帰った方が賢明だと思うが……」

兄「いや、やる！」

理事長「ふむ、だったら参加料はなにを払う？」

兄「払おう……俺の内臓を！」ﾊﾞｼｯ

理事長「よろしいッ！」

兄「……」ﾍﾟﾗｯ

兄「“社会”だ」

理事長「ふむ……今度はそちらがゲームとルールを決めてくれたまえ」

兄「後悔するなよ……？」

兄「“歴史上人物ポーカー”で勝負だ！」

妹「出たっ！　お兄ちゃんが大得意なゲーム！　お兄ちゃん、本気１２０パーセントだ！」

『歴史上人物ポーカー』とは――

文字通り歴史上の人物が描かれたカードでポーカーを行うことである。



兄「カードをよく切って、と……」ﾊﾟﾗﾗﾗﾗﾗｯ

理事長「ショットガンシャッフルはカードを傷めますよ」

兄「カードに痛覚などないぜ！」

理事長「外道ッ！」

兄「この５枚が俺の手札」ｽｯ

兄「こっちの５枚があんたの手札だ」ｽｯ

理事長「ふむ……」ｻｯ

兄（どれどれ……）


【兄の手札】

杉田玄白
杉田玄白
蘇我入鹿
ナポレオン・ボナパルト
朱元璋


兄（お、いきなりワンペア揃ってる！　ツイてる！）ﾆﾔﾆﾔ

妹（お兄ちゃん、ものすごいポーカーフェイスだ！）

理事長「……」

兄「３枚チェンジ」ﾊﾟｯ

理事長「２枚チェンジ」ﾊﾟｯ

兄（さて……）


【兄の手札】

杉田玄白
杉田玄白
伊能忠敬
伊能忠敬
チンギス・ハーン


兄（やったぞ！　ツーペア！）

兄（杉田玄白の頭脳に伊能忠敬の足腰！　さらにチンギスハンの武力！　バランスもいい！）

兄（このゲームは同じカードが揃うことさえほとんどないし、これ絶対勝ったろ！）ｸﾞﾌﾌｯ

妹（お兄ちゃんのポーカーフェイスはカンペキすぎる！）

兄「勝負！」ﾊﾞｯ



理事長「勝負です」ﾊﾞｯ

【兄の手札】

杉田玄白
杉田玄白
伊能忠敬
伊能忠敬
チンギス・ハーン


【理事長の手札】

ウルバヌス2世
光緒帝
徳川家慶
足利義輝
ルイ14世

兄「俺はツーペア！　あんたはブタだ！　勝ったッ！」

兄「これで俺たち二人の奨学金返済はチャラだァッ！」

妹「やったぁ！」

理事長「――それはどうかな？」

兄「え！？」

理事長「私の手札をよく見るがいい……」

【理事長の手札】

ウルバヌス2世（“十”字軍を組織）
光緒帝（清王朝11代皇帝）
徳川家慶（江戸幕府12代将軍）
足利義輝（室町幕府13代将軍）
ルイ14世（14世）





理事長「この通り、１０から１４までの“ストレート”が成立しているのだよ！」

兄「ぐわあああああああああっ！！！」

妹「どひぇええええええええっ！！！」

理事長「これで私の四連勝、だな」

理事長「さあ……どうする？　降りるか？　続けるか？」

兄「続けるに決まってんだろ！　もちろん！」

理事長「参加料は？」

兄「――妹をくれてやる！　シベリア送りでもなんでも、好きにするがいいさ！」

理事長「よろしいッ！」

理事長「残るカードは“理科”……」

理事長「ならばこういうゲームはどうだろう？」

理事長「あと一時間以内に雨が降るか、降らないか、というのは……？」

兄「いいだろう！」

妹「どっちにするの、お兄ちゃん！？」

兄「そりゃもちろん、雨が降る、だ！」

兄「家を出る時、天気予報でそういってたからな！」

理事長「じゃあ私は降らない、に賭けよう」

理事長「ゲームスタートだ！」

一時間後――

兄「降らない！？」

妹「どうして！？」

兄「理事長……あんたまさか、天気を操れるとでもいうのか！？」

理事長「まさか……そんな力があったら、もっと他の職業についてるよ。農家とか、軍師とかね」

兄「じゃあなぜ、天気予報ははずれたんだ！？」

理事長「君たちが見た天気予報……よく思い出してみるがいい」

兄「え……？」

テレビ『今日は午後から雨が降るでしょう……』ﾖｼｽﾞﾐｯ

ﾖｼｽﾞﾐｯ

ﾖ　ｼ　ｽﾞ　ﾐ　ｯ



兄「あ……ああああああああああああっ！！！」

理事長「ホホホ……分かったかね？」

理事長「なぜあんな午前中の中途半端な時間に、君たちがここにやってきたのかずっと推理していたのだが」

理事長「おそらくあの天気予報を見たためだろう？」

兄「そ、その通りだ……！」

理事長「しかし、あの天気予報は的中率５％未満で有名な天気予報だったのだよ！」

兄「うぐぐ……」

妹「なにからなにまでお見通しだったんだ……」

理事長「君たちの負けだ……」

理事長「兄君の内蔵はいくつかいただき、妹さんにはシベリアで強制労働してもらうことにしよう」

兄「すまん、妹よ！」

妹「お兄ちゃん……さようなら！」

理事長「ホホ……私に逆らったばかりに兄妹生き別れとは、なんと無残な運命だろうか」

理事長「せめてもの情けとして、奨学金返済はチャラにしてあげましょう」

兄「くそっ！　くそぉぉぉぉぉっ！」

妹「うわぁぁぁぁぁん！」

理事長「屈辱にまみれた若者を眺めるのは最高の娯楽だ！　ホーッホッホッホッホ！」

秘書「理事長、みごとな完全勝利でしたね」

理事長「うむ、奨学金もまともに返済できない若者などあんなものだ。私の敵ではない」

理事長「だが……」

秘書「理事長？」

理事長（だが……なにかおかしい！　なにか引っかかる……！）





理事長「あーっ！　しまったぁぁぁぁぁっ！！！」

妹「やったね、お兄ちゃん！」

兄「俺は内蔵を抜いてもらうことでダイエットに大成功したし」

妹「あたしはシベリアに海外旅行に行ける！　しかも労働のおまけつきで！　イェイ！」

兄「全て俺たちの計画通りになったってわけだ！」

兄妹「ワーイワーイ！」


～


理事長「うぐぐ……なんということだ！　試合に勝って勝負に負ける、とはまさにこのこと！」ｷﾞﾘｯ…

理事長「しかし……次は負けんぞ！　覚えておくがいいッ！」





おわり