刑務官「というわけで所長、人魚を探しに行ってきます」

所長「というわけでって……行くあてはあるのか？」

刑務官「とりあえず、海へ行こうかと」

所長「呆れた奴だ……」

所長「まあ、許可はしよう。我が国では最後の晩餐はなるべく叶えてやる義務があるからな」

所長「ただし、期限は一ヶ月だ。たとえ見つからなくても、処刑を延ばすことはできんからな」

刑務官「分かりました」

ｻﾞｻﾞｰﾝ…

刑務官（海へやってきた……。海は広いな、大きいな）

刑務官（さっそく、人魚を釣ってみよう）

刑務官（餌は……ミミズでいいかな？）

刑務官「それっ！」ﾋｭｯ

ﾁｬﾌﾟﾝ…

刑務官「……」

刑務官「……」

刑務官「……」

刑務官「……」

刑務官「釣れない」

刑務官「やっぱ人魚がこんなんで釣れるわけないか」

刑務官（だったら漁師さんに話を聞いてみよう！）

漁師「人魚？」

刑務官「はい、このあたりにいないでしょうか？」

漁師「ここからもっと北に行った海になら出没するって聞いたことがあるが……」

刑務官「本当ですか！？　是非連れてって下さい！」

漁師「冗談じゃねえ！」

刑務官「え……」

漁師「漁師の間じゃ、人魚に会うのは不吉だっていわれてんだ。会えば船が沈んじまうと」

刑務官「そうなんですか……」

漁師「どうしても行くなら一人で行ってくれ」

刑務官「分かりました」



刑務官「自分で船を作って……」ｷﾞｰｺｷﾞｰｺ

刑務官「……」ﾄﾝﾃﾝｶﾝ

刑務官「できた完成！」

ｻﾞｻﾞｰﾝ…

刑務官「人魚を探すためにいざ出航！」

刑務官「どんどん船を漕いでいこう」ｻﾞﾌﾞｻﾞﾌﾞ

ｻﾞﾌﾞｻﾞﾌﾞ…　ｻﾞﾌﾞｻﾞﾌﾞ…

刑務官（腕が疲れてきた……なかなか人魚に会えない……）

刑務官（しかし、死刑囚のため……）

刑務官「……ん。あれは！？」

人魚「……」

刑務官「これは……まさか人魚！？　たしかに人と魚が合体したような外見だけど……不気味だ」

人魚「……」ｷﾞｮﾛｯ

刑務官「！」

人魚「グルルルルル……」

刑務官「え……」

人魚「ガアァァァァァッ！！！」ｻﾞﾌﾞｻﾞﾌﾞｻﾞﾌﾞ

刑務官「うわあああああ！」

ザシッ！

刑務官「ぐうっ……！」

刑務官「なんて獰猛さだ……イメージしてた人魚と全然違う！」

刑務官「だが！」ｼﾞｬｷｯ

刑務官「死刑囚の最後の晩餐のため、諦めるわけにはいかない！」

人魚「グウウウウ……！」

人魚「キシャァァァァァッ！」

刑務官「今だ！」

ザクッ！

人魚「グオッ！？」

人魚「グオオオオオオッ！」ｻﾞﾌﾞｻﾞﾌﾞｻﾞﾌﾞ…

刑務官「はぁ、はぁ、はぁ……」

刑務官（海中に逃げていく……）

刑務官「仕留めることはできなかったけど……銛であいつの肉を抉り取れた……」

刑務官「獲ったど……」

刑務官「獲ったどぉぉぉぉぉ！！！」

刑務官「おーい！」

死刑囚「ん……」

刑務官「人魚の肉を獲ってきたぞ！」

死刑囚「えっ……本当か！？」

刑務官「ああ、ほんの一欠片だけだが……。望み通りの晩餐にしてやれるぞ！」

死刑囚「ありがとう……！」

死刑囚「ところで、聞きたいんだが……」

刑務官「？」

死刑囚「この国の死刑は、たしか毒を用いるんだよな？」

刑務官「ああ、あまり詳しくは話せないし知らないが、毒を用いるのは確からしい」

死刑囚「それと、死刑執行で死ななかったらその人間は釈放されるとか……」

刑務官「そういう規則もあるにはあるが……生き残れる期待はしない方がいいぞ」

死刑囚「分かってる。俺はちゃんと命で罪を償う。聞いてみたかっただけさ……」

刑務官「そうか……」

刑務官（いよいよ明日が、奴の処刑に決まった。保存していた肉でステーキを作ってやろう）

刑務官「人魚の肉に塩と胡椒をふりかけて……」ｻｯｻｯ

刑務官「弱火でじっくり焼く」ｼﾞｭｩｩｩｩ…

刑務官「うーん、いい香りが漂ってきた」

刑務官「ステーキソースをかけて……」ﾀﾗ…

刑務官「よし、出来上がり！」

刑務官「さあ、人魚のステーキだ」ｺﾄｯ

死刑囚「おおっ……！」

刑務官「最後の晩餐、ゆっくり味わえよ」ｽﾀｽﾀ…

死刑囚「恩に着るよ」

死刑囚「……」

死刑囚「ク、ククク……クク……」

死刑囚「ハハハハハッ……！」

死刑囚（あの刑務官、まさかホントに人魚の肉を獲ってくるとは……頼んでみるもんだ）

死刑囚（シャバにいる時、聞いたことのある伝説――）

死刑囚（“人魚の肉を食った者は不老不死になれる”）

死刑囚（もし、あれが真実なら、俺はこの肉を食えば絶対死ななくなる）

死刑囚（むろん死刑も耐えることができ、俺はシャバに出れる！）

死刑囚（後は、この肉が本当に人魚の肉で、効能があるかどうかだが……）

死刑囚「……」ﾊﾟｸｯ

死刑囚「……」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

死刑囚「……」ｺﾞｸﾝ

死刑囚「……！」

死刑囚（分かる……試さなくても感覚で分かる！　確信できる！）

死刑囚（俺は今……不老不死になった！）

死刑囚（もう俺は死なないし、誰も俺を殺すことはできない！）

死刑囚（明日が楽しみだ……！）

次の日――

刑務官「時間だ……」ｶﾞﾁｬｯ

死刑囚「ああ」

ｽﾀｽﾀ…

刑務官「死刑執行は処刑人が行う。残念だが、私が付き添えるのはここまでだ」

死刑囚「刑務官さん」

刑務官「ん？」

死刑囚「最高の最後の晩餐をありがとう。あんたのおかげで、今もちっとも怖くないんだ」

刑務官「そうか……」

死刑囚「元気でな」ｽﾀｽﾀ…

刑務官（死刑囚……せめて安らかに逝ってくれよ……）

処刑人「これより死刑執行を開始する」

死刑囚「……」

処刑人「何か言い残すことは？」

死刑囚「ありません」

処刑人「この段階で暴れる死刑囚も多いのに、潔いことだ」

死刑囚「素晴らしい最後の晩餐を食べられたので」

処刑人「では、これを飲め」

死刑囚「分かりました」ｸﾞﾋﾞｸﾞﾋﾞ

死刑囚（これが毒か……だが、今の俺には効かん！　クックック……）

ドンッ！

死刑囚「うわっ！」

ﾄﾞｻﾞｧｯ…

死刑囚「いてて……」

死刑囚「これは……穴！？　落とされたのか……」

処刑人「……」ﾊﾞｯﾊﾞｯ

死刑囚「わっ！　ぶっ！　なにを……！」

死刑囚「お、おいっ！　処刑法は毒殺じゃないのか！？」

処刑人「毒を飲ませた後、こうやって生き埋めにするのが我が国の処刑法だ」

死刑囚「は！？」

死刑囚「ちょ、ちょっと待ってくれ！」

処刑人「……」ﾊﾞｯﾊﾞｯ

死刑囚「出して！　ここから出し――」

処刑人「心配はいらん。土による圧力と、先ほど飲ませた毒で、ほとんど苦痛なく死ねる」ﾊﾞｯﾊﾞｯ

処刑人「手間がかかる分、他のどの国の処刑法より人道的だ」ﾊﾞｯﾊﾞｯ

死刑囚「ダメなんだ！　生き埋めなんてされたら――わぶっ！」

処刑人「どんどん土を入れるぞ」ﾊﾞｯﾊﾞｯ

死刑囚「やめてくれえええ……っ！！！」

ﾄﾞﾊﾞﾄﾞﾊﾞﾄﾞﾊﾞﾄﾞﾊﾞﾄﾞﾊﾞ…

刑務官（今頃……処刑が終わった頃か）

刑務官（きっとあいつは痛みも苦しみもなくあの世に旅立ったに違いない）

刑務官（苦労して、最後の晩餐を用意して、本当によかった……！）








END