女「じゃ、さっそくサービスしますね！」

男「へ？」

女「部屋をお掃除したいんですけど、よろしいですか？」

男「え、マジで？　じゃあ……お願い」

ｻｯｻｯ　ｽｯｽｯ　ｷｭｯｷｭｯ

ｷﾗｷﾗｷﾗ…

女「いかがです？」

男「こりゃどうも……」

女「よろしければお料理も作りますが」

男「料理まで！？」

ﾄﾝﾄﾝﾄﾝ…　ｸﾞﾂｸﾞﾂｸﾞﾂ…

女「いかがです？」

男「おいしい！」

男「サービスいいねえ。ところで、新聞代っていくら？」

女「一ヶ月で――」

男「え、そんな安いの？」

女「ウチの新聞は朝刊しかありませんから」

男「ふうん。じゃあ、よろしく頼むよ」

翌朝――

ﾁｭﾝ…　ﾁｭﾁｭﾝ…

男「……」

男「あ、新聞来てる」

男「だけど……今まで新聞読む習慣なんてまるでなかったからな」

男「読まなくていいか」ﾊﾟｻｯ

同僚「課長はどう思います？　与党の経済政策……」

課長「うーむ、一時しのぎにしかならんのじゃないかねえ」

同僚「とはいえ、他に打つ手もないですしね……」

同僚「お前はどう思うよ？」

男「え、与党ってなに？　経済政策ってなんかしたっけ？　また消費税上がるの？」

同僚「は？　お前マジでいってんのか？」

男「うん」

同僚「仮にも社会人だろ？　ニュースぐらい見ろよ……」

男「まあ……気が向いたら」

女「またサービスに来ました」

男「え、今日も来てくれたの？」

女「はい、出来る限り毎日来るつもりです！」

男「そりゃありがたいけど」

女「ところで今朝の新聞、読んでくれました？」

男「あ、いや……実は読んでないんだよね。朝は色々忙しくてさ」

女「そうですか……」

男（露骨にガッカリされてしまった……。悪いことしたな）

女「新聞に対して何かリクエストってありますか？」

男「え、たとえば？」

女「こういう記事を読みたいとか」

男「ああ、今日会社で常識がなさすぎって呆れられちゃってさ」

女「まあ……」

男「俺みたいな奴でも政治や社会情勢を学べるような記事があればありがたいなって」

女「なるほど」

翌朝――

ﾁｭﾝ…　ﾁｭﾁｭﾝ…

男「ふぁぁぁ……」

男「お、朝刊来てる」

男「まだ出勤まで時間あるし、読んでみるか」

男「どれどれ……」ﾊﾞｻｯ

男「これは……」

男（分かりやすく今の政治の勢力図がまとめてある）

男（与党がどういうことをしてるのか、野党がどう対抗してるのか……）

男（他のニュース記事も、俺みたいな活字ろくに読まない奴でも読みやすいようになってる！）

男「ふむふむ……」

男「なるほどなぁ……」

男（読めば読むほど、いかに自分がモノを知らなかったのか分かる）

女「サービスに来ました！」

男「ありがとう」

女「……」ｷｭｯｷｭｯ　ｻｯｻｯ

男「あのさ……」

女「はい？」

男「今日は新聞読んだけど、いい内容だったよ。取ってよかった」

女「読んでくれたんですか！　ありがとうございます！」

男（販売員なのに、ずいぶん大げさに喜ぶんだな……）

会社で――

課長「君は今度の政策どう思うかね？」

男「そうですねえ……」

同僚「課長、こいつに聞いたってどうせ分からないですよ」

男「いや、俺だって自分の意見ぐらいありますよ。俺は――」ﾍﾟﾗﾍﾟﾗ

課長「君はそう思うかね」

同僚「へえ、こないだまで与党と野党の違いも分からなかった奴とは思えねえ」

男「俺だって日々成長してるんだぜ」

一ヶ月後――

女「こんばんは」

男「やあ、いらっしゃい」

女「今日もたっぷりサービスさせて下さい！」

男「ありがとう」

……

男「おいしかったよ。ごちそうさま」

女「ところで今日は最終日ですけど……契約はどうしますか？」

男「もちろん更新させてもらうよ！」

女「ありがとうございますっ！」

課長「これ、頼むよ」

男「分かりました！」

同僚「お前、最近絶好調だな。なんかあったのか？」

男「新聞読んでるからね」

同僚「たかが新聞でそこまで変わるもんかぁ？　進研ゼミのマンガじゃあるまいし」



男（新聞読むようになってから――）

男（新聞読むために早起きするようになったし）

男（読んでから仕事に取りかかると、俺もいっぱしのビジネスマンになったっていうか）

男（そんな気分になって、仕事もバリバリこなせるようになった）

男（“病は気から”なんて言葉があるが、“仕事も気から”なんだなぁ……）

女「今日もサービスします！」

男「ありがとう」

ｼﾞｭｩｩｩｩｩ…

女「野菜炒めを作ってみました」

男「いただきまーす」ﾊﾟｸｯ

女「どうです？」

男「うん、うまい！　キャベツがシャキシャキしてて最高！」

男「今日もおいしかったよ」

女「喜んでもらえて嬉しいです」

女「今日は契約終了日ですが、どうしますか？」

男「もちろん契約更新！」

…………

……

半年後――

男「お、朝刊来てる」

男「……」ﾊﾞｻ…

男（昨日の国会の様子について書いてあるな。どれどれ……）

男（へえ、あの大企業が大規模な事業再編をねえ……）

男（海外のことも詳しく……）

男（この頃になると流石に――）

男（いくら俺でも新聞の正体が分かってきた）

女「今日もサービスしに来ました！」

男「待ってたよ」

女「今日の新聞はいかがでした？」

男「とてもよかったよ。海外の情勢が分かりやすく学べたし」

女「それならなによりです！」

男「ところで、一つ聞きたいことがある」

女「なんでしょう？」

男「この新聞作ってるの……君だろ？」

女「！」

女「なぜ……分かったんです？」

男「朝刊しかないし、ページ数もそれほど多くない」

男「いわゆる最新ニュースの類は少ないし、広告もない。なにより記事が……俺に合いすぎてる」

男「どことなく手作り感あるな、とは思ってたんだ」

男「じゃあ誰の手作りかと考えたら……一人しか思い浮かばなかった」

男「これ、君が書いて、自分で届けてるんじゃないかって」

女「……」

女「その通り……です」

男「決して責めてるわけじゃないよ。ただ、理由が知りたいだけなんだ」

女「……」

女「私、新聞社に入りたかったんですけど……新聞社は狭き門、全滅してしまいました」

女「だけど、それでも新聞を作る夢は諦めきれず……」

女「いつしか、自分で新聞を作るようになってたんです」

女「ニュースをネットや普通の新聞から仕入れて、自分の文章でまとめるという風に」

男「大した執念だね」

女「やがて、自分で作った新聞を誰かに読んで欲しくなって……」

女「ああやって訪問販売めいたことをしてたんです」

女「そしたら、まさか……取ってくれる人が現れて」

男「それが俺だったわけか」

女「はい。それで嬉しくて嬉しくてついサービスを……」

男「普通に仕事して、新聞作って、俺にもサービスする」

男「あんな格安じゃ全然元取れてないだろうに、よくやったよ」

女「いえ……好きでやってることですから苦痛はなかったです」

女「こうやって改めて説明すると……私ってホント変人ですよね」

女「何やってんだろ……」

男「たしかに変人だ」

女「！」

男「だけど、その変人のおかげで俺は成長できた」

男「君がいなきゃ、俺は今でも非常識で、世間のニュースに興味がないままだったろう」

男「今の俺があるのは、君のおかげだ」

女「男さん……」

男「そんな君に、俺から一つ提案がある」

男「これからも……」

男「これからも新聞を作ってくれないか、俺のために！　俺“だけ”のために！」

女「はいっ！」



…………

……

男「ふぁぁ……」

妻「あなた、今日の新聞」

男「ありがとう」

男「どれどれ……」ﾊﾟｻｯ

男「どの記事も分かりやすくて、面白いよ」

妻「速報性は本物の新聞やネットには絶対敵わないから、文章で勝負しないとね！」

男「君を採用しなかった新聞社の連中は節穴だったよ」

男「じゃ、行ってきまーす」

妻「気をつけてね」

男「ただいまー」

妻「お帰り。はい、夕刊」

男「？　夕刊があるなんて珍しいな」

男「どんな記事が……」

『少子化深刻化！』

『日本の人口が減少……2100年には……』

『少子化で深刻なダメージを受けている業界特集』

男「……」

男「あのさ」

妻「な、なに？」

男「俺を誘いたいなら、新聞じゃなく口で言って欲しい」

妻「ご、ごめんなさーい！」







おわり